歯車党日記

オタク系フリーライター&編集者・石黒直樹の徒然日記&コラムです

ネットについていけないマスコミの姿を露呈する佐世保・小学生殺傷事件

04/06/06-04:10
 ネットでの中傷から端を発した佐世保の小学生殺傷事件の報道だけど……加害者のネット上での言動はさも問題かのように晒しているのに、事件の引き金を引いた被害者側のネット上での言論について詳しく触れていないのは何故なんだろうか? 特に被害者が佐世保支局長の娘だった毎日新聞の報道その傾向が強いようだが、この件ばかりは加害者の情報だけを一方的に晒しても何の解決にもならないだろう。もしこの事件の根底にある「ネット上での対人トラブル」からくるストレスが、加害者を「殺人」ではなく「自殺」という方向に走らせていたら、現在の加害者・被害者の関係はあっさり逆転する。そうなっていた時に毎日新聞は、同級生を自殺に追い込んだ佐世保支局長の娘の個人情報やネット上の言動を晒しまくって今のような記事を作れたのだろうか?
 
 常々思うことだが、ネット上での言動の裁き方にはコツがいる。自分も今まで至らない言動が色々あってトラブルになったこともあった。逆に雑誌に発表した記名記事の内容を気にくわない見知らぬ読者からネット上で「誌面を私物化するキチガイ」と名指しで叩かれ、「心ない読者に叩かれもするけど」と一言返したら「誌上で個人攻撃するのか」と攻撃されてその取り巻きに掲示板を荒らされたこともあった(名指しでキチガイ呼ばわりする自分の言動は個人攻撃ではないという認識らしい)。そういった経験から得た結論は「自分に有用な意見だけ耳に入れて、それ以外のものは「厨房うぜえ」と切り捨てる」という心構えだ。「有用な意見」というのは、別に賞賛・賛同の意見だけという意味じゃない。批判的な意見にだって冷静に書かれた聞くべきものもあれば、明らかに攻撃するためだけのくだらないものもある。そして賞賛の意見も素直に喜ぶべきものもあれば、自分に甘えや堕落を招く危険なものだってある。要するに情報の取捨選択が大事だっていうことだ。
 別にこれはネットに限ったことではなく、実際の社会生活や対人関係でも重要なことだ。そういう意味じゃネットも実社会もアプローチの手段が違うだけで何も変わりはないのだ。そういう認識無しにネットを特別視するとどこかに歪みが生じる。のめり込みすぎるユーザーはもちろん、ネットを「理解不能な世界」かのように一歩引いた形でしか認識できず、「危険だ」「規制しろ」と騒ぎがちなマスコミ・識者・政治家も同様だ。ネットは特別なものではなく、社会の延長上にある世界だという視点で物事を見る必要があるのではないだろうか。とりあえずそこらの認識もできずに「人間関係の希薄なバーチャルな世界で云々」などとカビの生えたようなコメントを出してる教育評論家はとっとと引退しろ。

 この件で思ったが、冗談抜きにネット使用に際するある程度の年齢制限が必要なのではないかという気がしてきた。良くも悪くもユーザー全てが対等な立場で発言でき、いい年した大人ですらトラブルを抱え込むことが多いネットは、まだ人間関係をうまく裁くスキルのない子供が踏み込むにはリスクの大きい世界なのだ。現実問題として未成年とネットを完全に切り離すのは不可能だと思うが、それならば「回線の向こうには自分と同じ人間がいて、面と向かって話す時と同じマナーや気遣いが必要」という親や学校のきちんとした教育が必要だろう。

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Posted by 石黒直樹
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