岡田・唐沢を継ぐ者の不在 「日本オタク大賞」に見えたオタク論壇の行き詰まり・その2
04/04/16-21:58
岡田・唐沢両氏の記事や著作は積極的に読む方だが、ここ最近になってオタク関係の話題で「?」と思うことが増えてきた。東浩紀をはじめとするアカデミズム系の人間が語っているオタク関係の文献に対して「事実関係をよく調べていない」と批判することが多い両氏が、同じような間違いを犯しているのだ。
唐沢氏の場合は的外れなことを語る時は滅多にないが、『社会派くんがゆく!死闘編』での書き下ろしコメントではこんな記述があった。
「オタク向きのエロゲーに登場する女性たちは、設定こそ小学生とか中学生の美少女なのに、みんなメロン並の巨乳なんである。乳房がそんな馬鹿デカく発育しているのに、下の方はつるぺたの無毛なのである。しかも乳首はツンと上を向き、Tシャツの布地を持ち上げてポッチから乳輪まであらわに見えているんである。……でもって、ちょっと体に触られるともう濡れぬれにヌレて、「あはぁん、お兄ちゃんいやぁん」などとみだらな声を立てるのである。入れると処女でもいきなりヨガりはじめるのである。……一部妄想も入っているが、いやしかしまったく、秋葉原で売っている、エロゲー・エロマンガの女性たちってみんなこんなんなのである」(秋葉原の風俗店を爆破しようともくろんだ高校生の事件に関して) すみません、一部どころかかなりの部分が妄想(というか、レモンピープルや漫画ブリッコが台頭してきたあたりのオタ向けエロマンガ隆盛期のトレンド)です。少なくとも現在のアキバに入れ込んでるオタク高校生が、このようなオールドスタイルのエロゲー・エロマンガに触れる可能性は皆無ではないだろうか。
唐沢氏の指摘に従って語るなら、ここ近年のエロゲー・エロマンガに「設定こそ小学生や中学生の美少女なのに巨乳」というタイプのキャラはほとんど存在しない。代わりにいるのは
「どうみても小・中学生なのに18歳以上の大人だと設定で言い張っている美少女」で、体型は当然つるぺた・貧乳が主流。絵的な表現にしても、乳房や乳輪は所謂マンガチックな描き方よりも、ディフォルメの中にもリアルなラインを取り入れた画風も増えているし、キャラの年相応に陰毛だって描かれるようになっている。後述する岡田氏の「わたおに」や「萌え」関係の発言でも感じたことだが、
萌え=ロリ
オタクの性癖=ロリコン
という一般マスコミのネガティブ報道にありがちな固定観念が、オタク第一世代の中でも根強く浸透しているということなのだろうか。
「オタクの共通言語の喪失」は「オタクという趣味に含まれるものの多様化」でもある。それは「オタクのエロ系トレンド」にしても例外ではない。つるぺたから巨乳まで、園児から熟女まで、果ては百合からショタからふたなりまでと、
エロ嗜好も共通言語を見いだすのが難しい程多様化しているのだ(個人的には園児はどうかと思うが)。
子供を毒牙にかけるような事件を起こす馬鹿者の中にオタクがいたから「オタク=ロリコン」と断定する者も多いが、これは単に世間一般から「性の対象」と思われていない年齢の子に手を出したから大きく取り上げられ(タイムリーなことに
今関よしあき監督が12歳の少女に手を出してタイーホなんてニュースが…)趣味・性癖までほじくりだされた結果として「オタク」として叩かれることも少なくないのだ。これがもし「委員長系女子高生」とか「眼鏡の美人女教師」とかだったら、少なくとも年齢的には「性の対象」として認識されているだけに、単なる性犯罪として報道はされても「オタク」として叩かれることはないだろうし(逆に「容疑者は眼鏡の女性に異様な執着を見せており……」なんて報道されたら、それはそれで凄いが)
そんなオタクの性的嗜好の多様化を認識し切れていないことを岡田氏が露呈してしまったのが、サイゾー4月号の秋葉原特集内での対談&monoマガジンNo.493号の新オタク日記だ。『趣都の誕生』の著者・森川嘉一郎氏との対談内で、岡田氏は『週刊わたしのおにいちゃん』を例に挙げて
「萌えとはロリエロであり、オタクはロリに欲情するもの」と断定して話を進め、森川氏に「萌えとはそういうものじゃない」とたしなめられて、対談は終始平行線のまま終わっている。
その対談の感想をオタク日記にて書いているのだが……ちょっとこれは被害妄想がすぎるのではないかと。
まず「萌えとは何か?」を完全に説明できるものなど、現時点では誰もいないだろう。どういう経緯で生まれた表現なのかは説明できるだろうが、それが指し示すものを定義することなど誰も出来やしない。上で書いたように「オタク=ロリコン」という図式自体が完全に過去のものであり、エロゲー・エロマンガにおけるジャンルとバリエーションの広がりがオタクの性的嗜好の多様化を証明している。そして「○○萌え」というものもそれに合わせて多様化しており、岡田氏が指摘するような「少女的なセンスと幼女姦への欲望=萌え」というのは、あくまでロリキャラ限定のものである。今や『攻殻機動隊SAC』のタチコマですら萌えキャラのスタンスを確立している時代なのだ。
「萌え」が性的嗜好や好意を抱く対象に左右されるものだとしたら、キャラのバリエーションやオタクの数だけ「萌え」は存在するといってもいいだろう。 岡田氏は
「萌えがわかっていないと自分が非難されるのは、今時のオタクがそうやって他者を排斥したり思想的に区別するからだ」と語っているが、それは違う。あまりにも現在のオタク事情と乖離した情報をベースに「萌え=ロリエロ」と断定しているから「違う」「わかっていない」と異議を唱えられるのだ。むしろ
「萌えと言ってるオタク=幼女姦倒錯者」「萌えとは思考停止フレーズ」と断言してオタク批判をしている岡田氏こそ「他者を排斥したり思想的に区別したり」し、「萌えオタ」を批判することで思考停止しているのではないだろうか。 こういった「オタクというものに決まったレッテルを貼り付けて批判的に語る」といった手法は、一般マスコミがオタク絡みの事件でよくやる手だ。例の
映画秘宝の記事批判を書いた一番の動機は、
オタクというカテゴリーの一員であったはずの映画秘宝が無理解なマスコミと同じ図式でオタク批判をしたという事に対する失望感だった。そしてオタク論壇の顔でもある岡田・唐沢両氏ですら、同じような論調にはまりつつあるように見える。
もし両氏がこのままリアルタイムのオタク事情を掴みきれないままだとしたら、次の日本オタク大賞は今回以上にズレたものになりかねないだろうか。オタク事情にも明るく、弁が立ち、ちゃんとオタク関係を主にして語れる、岡田・唐沢両氏の後釜となりうる人材が現れない限り、オタク論壇の未来は東浩紀一派のようなアカデミズム重視の派閥にシメられる暗い未来しかないのかも知れない。
とりあえず、これから飯食べつつ
「平成オタク談義・ロリコン編」を見る予定。実は萌王とわたおにを番組中で取り上げるみたいな話が製作サイドから来てたのですが……この後、岡田氏の件の記事を読んでちょっといやな予感が(笑)。とりあえずネタになりそうだったらこの後番組感想をアップします。
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( ・∀・)つ〃∩ ヘェーヘェーヘェー
Posted by 石黒直樹