セカイ系論争に感じるデジャヴ
04/03/17-16:55
少し前から耳にはしていたけれど、その実体が今ひとつ理解できなかった“セカイ系”なるアニメやライトノベルのカテゴリー……それがまたここ最近色々騒がしいみたいだ。
誰が言い出したのか知らないが、その字面だけでは、作品のいかなる部分をさしてセカイ系とするのか直感的にイメージできないし、そのカテゴリーの代表作としてあげられるタイトルが『エヴァンゲリオン』『ブギーポップ』シリーズに『イリヤの空UFOの夏』『ほしのこえ』、西尾維新らファウスト執筆作家等々、まるで異なる方向性の作品を並べられてしまうと、ますます「だからセカイ系って何?」という気分になってしまうのだ。
で、この実体の掴みがたさや賛否両論の議論の広がり方を眺めていて、同じような感覚を以前にもどこかで味わった気がしてふと考えてみた……これって、ちょっと前にマニア系コミックや同人誌を席巻して、いつの間にか語られなくなった
“ハイエンド系”の時と同じ匂いがするのだ。その起点に
『エヴァンゲリオン』(こちらの場合は山下いくとのデザインワーク)が位置づけられていたり、作品そのものの内容よりも
描き手自身のキャラクターや絵的なテクニック的な部分にそのカテゴリーの特徴と言うべきものがあったり、読者側から自然とわき上がってきたというよりも
作り手側や評論家筋によって権威付けがなされていったような節が感じられたり等々。
ブームを積極的に後押しする媒体があるというのも共通してるかも(ハイエンド系には『ピュアガール』、セカイ系には『ファウスト』?)。結局セカイ系っていうのは、リングをマンガからライトノベル&アニメに変えて復活したハイエンド系ってことなんだろうか?
プロレスに例えるなら、ハイエンド系は所謂UWFのようなムーブメントだったと思う。UWF的なものが最終的にプロレスの中に取り込まれていったように、ハイエンド系の方法論(特にパソコンによるマンガ製作という技術的な部分)はマンガ製作のデジタル化という形で取り込まれていった。どちらもジャンルを大きく進化させることには寄与したが、それ自体の存在感は消えてしまった。
だが、UWFの遺伝子はPRIDEをはじめとする総合格闘技や、田村潔志のU-STYLEなどとのより純化した形で存在感を示している。セカイ系はいわば、技術面をマンガに取り込まれたハイエンド系に残った、作品&作家性がより純化して新たな土俵で発芽したものと言えるかも知れない。
だが、プロレスの外で生き残ったUの遺伝子も、より大きなパワーとテクニックでそれを取り込み発展させていく外国人勢に主役の座を奪われつつある。セカイ系は、そんな風により大きなものに吸収されることなく、生き残ることができるのだろうか。
●追記
以上のようなことをつらつらと書いたものの、仕事が忙しくてアップしていなかったのですが、何やら
東浩紀氏がセカイ系絡みのことでご立腹の様子。確かに自身がセカイ系について語っていることはほとんど無かったようだけど、自分も何となく「東浩紀がセカイ系の旗振り役」みたいなイメージを漠然と抱いていたんですが。上記のようなセカイ系(と呼ばれがちな)作品や作家と、東氏が様々な場所やメディアで推すことの多い作家・作品群がけっこう重なっていたせいなんだろうけど(上で『ファウスト』がセカイ系プッシュメディアと感じたのも同様の理由)。
しかし、はてな撤退騒動の時にも思いましたが、東氏のネットにおける打たれ弱さはいったい何なのだろうか……東氏に限らず、若い漫画家などにもネットでのネガティブな反応に振り回されやすい人は多いんですよね。ネットの意見だからと言ってすべてを受け入れてパンクするのもヒステリックに全てを切り捨てるのも間違ってる。実になると思った意見は取り入れ、話にもならないと思った意見は切り捨てるぐらいの取捨選択をすればいいだけだと思うんだが。ニフティサーブや草の根BBSで、記名ありの論争・ケンカに触れてきた世代だとそんなこともないんですけど。これもネット上の世代格差ってやつなんでしょうか。
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( ・∀・)つ〃∩ ヘェーヘェーヘェー
Posted by 石黒直樹